「65歳全員雇用時代における人事制度とは」後編

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定年延長・再雇用社員の賃金評価制度の設計ポイント

今回は、前回に引き続き、65歳全員雇用時代における人事制度のあり方を考えてみたいと思います。後編となる今回は、高年齢者雇用確保措置の現実的な選択肢である、再雇用制度と定年延長(65歳定年制)における賃金や評価制度の具体的な設計ポイントについて述べていきます。

再雇用制度における検討課題

ご存知のように、再雇用制度とは、現行の定年年齢(例えば60歳)は変更せずに、定年後に新たな労働条件で再雇用し、65歳までの雇用を確保しようとするものです。前回ご紹介したとおり、全体の8割以上の企業が採用している制度ですので、社員の方も、自社の制度内容だけでなく、再雇用社員の世間一般的な賃金水準や就労条件なども結構ご存知です。つまり、再雇用時の労働条件の変更(特に賃金額が定年前と比べて低下すること)に対する了解は比較的得られやすい状況にあると言えるでしょう。
従って、会社全体の賃金制度の方向としては、各人の業務貢献度に見合う賃金が常に支払われている賃金体系に移行していきたいが、これまで多少なりとも属人的要素を加味して運用してきた正社員の賃金を一気に変えていくのはなかなか難しいとすれば、先ずは、この定年後再雇用社員の賃金こそ目指すべき形(職務や役割・貢献度に応じた賃金処遇)を実現させていく足掛かりとすべきではないでしょうか。
また、職業能力の個人差も年齢を重ねるほど一般的に大きくなってきます。対応できる職務の広がりもマチマチです。高齢者の職務として一律に考えるのではなく、個人の適性や職務能力、体力等に応じた多様な処遇コースを設定していくことが求められるようになってきます。

再雇用制度に対応する人事制度の設計ポイント

では、前回から述べてきた今後の高齢者雇用を取り巻く環境変化や世間動向を踏まえ、再雇用制度の設計にあたっての1つの妥当解を以下に示していきたいと思います。

(1)等級制度

再雇用社員についても、評価・処遇に軸である等級基準を設ける必要があります。その基準は、各人の役割や職務のレベルに応じた「仕事基準」による等級制度とし、職務内容の変化に対応して、その等級は毎年評価し、必要に応じて洗い替えを行うべきでしょう。

(2)人事考課制度

再雇用社員については、原則昇給させないため、人事考課を実施していないという会社も相当数見受けられます。人事考課の目的は、いわゆる査定(賃金処遇への反映)のみではありません。適正配置や業務改善、あるいは本人の意欲維持のためにも、再雇用社員についても、人事考課をしっかり行っていくことが重要です。考課項目については、正社員のものと同一で構わないですが、各人の職務内容に応じて、例えば技術伝承や後輩指導、あるいは専門性に関連する評価項目のウエイトを高めるなどの工夫は必要です。

(3)賃金制度

これまで、再雇用社員の賃金は「定年時の給与額×○%」といった決め方が多かったのではないでしょうか。これは、60歳を超える社員については、会社からの「給与」の他、公的給付として、厚生年金保険から「特別支給の老齢厚生年金」、及び定年時賃金からの減少割合に応じて、雇用保険から「高年齢雇用継続給付」が支給される場合があり、しかも老齢厚生年金は、給与と高年齢雇用継続給付のそれぞれの支給額に応じて減額されるという複雑な仕組みになっているため、給与と2つの公的給付のトータルでの手取り額が最大になるように設計しようとしたことが主な理由でもあります。(「高齢者最適賃金」といった名称で設計方法の指南本や計算ソフトが多数出回っているのはご存知のところです。)
しかし、再雇用者の賃金を職務や役割・貢献度に応じたものにするのであれば、それまでの年功含め様々な要素の累積結果である定年時賃金をベースに算出する方法は、やはり適当ではありません。また、公的給付を最大限利用し、賃金コストを抑えるという発想自体もよくわかるのですが、特に老齢厚生年金額については個人差が大きく、「あなたは年金額が多いから賃金は抑えても構わないでしょう(合計手取りは大差ないから)。」という理屈では、社員の納得は得られにくいと思います。そもそも、老齢厚生年金は支給開始年齢を引き上げ中で、すでに60歳から支給されなくなっています。やはり、公的給付という変数を、再雇用者の賃金設計に完全に組み込むのは無理があると言わざるを得ません。(1)で定めた職務による等級に基づき、その職務価値として妥当な賃金額(○等級→○○万円といったシングルレートもしくは○○万円~○○万円といったレンジレート)を設定し、年金等の公的給付は結果論と割り切った方が良いでしょう。

定年延長(65歳定年制)における検討課題

定年年齢を延長し65歳定年制を採った場合であっても、59歳までの処遇水準等を60歳以降も必ず継続しなければならないという法的義務はありません。しかし、再雇用制度の場合と同じような水準まで賃金を大幅に下げることは、実際のところ社員の納得は得られにくいでしょう。定年延長を行うのであれば、やはり人事制度の一貫性やある程度の連続性を確保する必要はあります。
はいえ、現行の賃金カーブをそのまま成り行きで延長すれば、確実に人件費は増大します。これも前回の繰り返しになりますが、社員の業務貢献度と賃金額の関係については、多くの企業において、その時々において貢献度に見合う賃金が支払われているわけではなく、定年時に過去数十年の貢献度の総量と賃金の総量が一致する、つまり雇用期間全体でバランスがとれるような長期決済型賃金になっているわけです。(=「ラジアーの理論」入社時は貢献度以上の賃金をもらい、やがて賃金以上の貢献を発揮するようになり、ある一定年齢を過ぎると、また賃金が貢献度を上回る。定年時において、このギャップの総量がちょうどプラスマイナスゼロとなり帳尻が合うのだという一つのモデル。)ここで、定年延長により雇用期間が延びるのであれば、人事制度の考え方や評価軸及び賃金体系は連続性を保ちつつ、若年層からの全体賃金カーブ(賃金水準)の再設計を図っていくことが必要となってきます。全体のイメージとしては、より短期スパンで貢献度と賃金とのバランスが取れるよう、賃金カーブを貢献度カーブに近いものに移行していくことになります。

定年延長(65歳定年制)に対応する人事制度の設計ポイント

再雇用制度の場合と同じく、定年延長を実施する場合の、制度設計における1つの妥当解を以下に示していきたいと思います。

(1)等級制度

いわゆる「能力基準」の軸に、職務や役割の価値という「仕事基準」の軸を新たに組みいれ、この2軸によるハイブリッド型の等級制度が台頭してくるものと思われます。その類型としては、(1)純粋に能力軸と仕事軸の組み合わせで該当等級に格付けするもの(マトリックス型)(2)一般職層、監督職層、管理職層といった大きな階層間は職務や役割の違いで格付けし、階層内のクラス分けを能力習熟度で行っていくもの(サブクラス型)(3)昇格運用において、下位等級は主に能力にウエイトを置いた格付けをし、上位等級では職務や役割自体のグレードアップによる昇格を行うもの(運用対応型)などがあります。

(2)人事考課制度

職務や役割の価値を等級軸に組み入れるということは、職務内容の変更により等級や賃金が上下変動する可能性が高くなることでもあるわけです。そこで、職務や役割の現在価値評価、つまり昇格・降格基準を明確に定めることが大変重要になってきます。また、なぜ等級や賃金が変動したのかを説明できるだけの明確な根拠を示す必要が高まってきますので、人事考課においては、自社の経営理念や行動指針・価値観にリンクした考課項目や、望ましい行動レベルに展開したより具体的な考課項目の設定するようにします。

(3)賃金制度

全体の賃金カーブの是正は、(1)若年層は現状カーブ維持または若干の立ち上げる(2)40歳前後からカーブの上昇を現行より緩やかにしていく(3)60歳以降もカーブの連続性を維持するという方向で行います。そのために、例えば、基本給の昇給においては下位等級の標準昇給額を増額し、逆に上位等級の標準昇給額を現行のものより抑えていくことになります。また、基本給の中に、敢えて「年齢給」の体系を復活させ、ある一定年齢から年齢給カーブをフラット及びマイナス昇給させ、直接的に中高年層の賃金カーブを抑えていくことも考えられます。一方で、昇格による昇給及び各人の評価差による昇給格差や賞与格差については、現行より拡大させていくべきです。また、退職金制度においては、在職中の貢献度をより反映でき、人件費コントロールも比較的しやすい、いわゆる「ポイント制退職金(基本給非リンク型退職金)」への移行を進めていくことが必要でしょう。

65歳全員雇用時代を迎えて

実質65歳全員雇用時代を迎え、再雇用制度にしろ、定年延長にしろ、当面の方法論や具体的方策は違うものであったとしても、各企業がとるべき方向性は同じであろうと思います。高齢者雇用の位置づけを「法改正対応」「福祉的・恩恵的施策」から「経営的視点での積極的活用、戦力化」にいち早くシフトできた企業、全体の人事戦略・人材活用方針の中で高齢者活用方針を再定義し具現化できた企業が、今後の本格的な労働力減少時代に対応できることになるのではないでしょうか。

参考文献

・清家 篤「雇用再生」
・笹島 芳雄「65歳定年制実現のための人事・賃金制度」
・滝田 誠一郎「65歳定年制に伸びる会社」
・福田 義彦 他「いい会社にするための「高齢者雇用」のすすめ方」
・松永 憲吾「新しい定年後の賃金・処遇制度」
・渋谷 康雄 他「高齢者賃金最適設計ハンドブック」
・今野 浩一郎「正社員消滅時代の人事改革」
・見波 利幸「劣化するシニア社員」
・濱口 桂一郎「日本の雇用と中高年」
・労務行政研究所「高年齢者処遇の設計と実務」
・厚生労働省 平成25年版高齢者の雇用状況

アイさぽーと通信<vol.54>掲載

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