「65歳全員雇用時代における人事制度とは」 前編

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高齢者を取り巻く環境変化と人事制度の方向性

昨春に高年齢者雇用安定法が施行され、各企業は労使協定や就業規則の見直しなどの法改正対応に追われました。しかしながら、高齢者雇用における「本当」の課題、即ち無年金期間への対応や人件費管理、社員のモチベーション維持等については、未だ十分な対応がなされておらず、高齢者を対象とした人事制度の整備は火急
の課題となっています。


今回から2回シリーズで、65歳全員雇用時代における人事制度のあり方を考えてみたいと思います。前編となる今回は、高齢者を取り巻く環境変化や就労実態、及び今後目指すべき人事制度の方向性について述べてみたいと思います。

高齢者を取り巻く環境変化

一口に、高齢者に関する問題と言っても、医療費等の社会保障費増加や介護、孤独社会等様々ですが、本日のテーマである高齢者雇用に関する問題としては、やはり「少子化と高齢化の同時進行による労働力人口の減少」があげられます。
当然ながら、少子化が進めば将来の労働可能人口が供給されません。一方、高齢者層はもともと労働力率(労働力人口/総人口)が高くない層ですから、高齢者の割合が高くなれば労働力人口は減少します。そして、一人あたりの労働時間や生産性が一定だとすれば、全体の生産量は比例して減少していきます。
生産性向上は永遠のテーマですし、少子化対策も重要な国家施策ではありますが、即効的な施策はなかなか無いのが実情でしょう。今日のワークライフバランスの観点からすれば労働時間の増加は考えにくい。となると、労働力率の低い層の1つである高齢者に、これまで以上に労働参加いただくこと、つまり高齢者層の労働力率を上げ「支えられる世代から支える世代」へ移行が急務となってくるわけです。
そういった流れの中で、昨年4月に、65歳までの実質全員雇用を義務付けた改正高年齢者雇用安定法が施行され、一方で老齢厚生年金の支給開始年齢が65歳へと段階的移行中です。(男性の場合は2025年に移行完了 女性は5年遅れ)。更に今後の動向としては、68歳や70歳支給開始への移行、それと同期した65歳定年制義務化や68歳・70歳までの雇用継続義務化への移行は、避けられない情勢であるとみてよいでしょう。(事実、すでに2011年の社会保障審議会年金部会で68歳支給開始への移行スケジュールの具体案が検討されるに至っています。)各企業には、そこまで見据えた雇用施策の見直しや人事制度の再構築が求められていることになるわけです。

60歳以降の雇用確保措置の選択肢

ご存知のように、前述の高年齢者雇用安定法では、65歳までの高年齢者雇用確保措置として、(1)65歳までの継続雇用制度(再雇用制度や勤務延長制度)(2)65歳以上の定年制の導入(3)定年制の廃止の3つのうち何れかの措置を企業に対して義務付けています。
平成25年版高齢者の雇用状況(厚生労働省)によれば、このうち、(3)の定年制自体の廃止を実施している会社は、わずかに全体の2.8%です。やはり現実的な選択肢ということになると、定年後65歳までの再雇用制度に代表される(1)の継続雇用制度(同81.2%)か、(2)の65歳以上への定年年齢の引き上げ(同16.0%)ということになります。
2つのうち、65歳まで再雇用制度のメリットについては、新たな労働契約締結のもとで、賃金水準を定年前と比べ大き引き下げることが多いので、人件費の抑制が可能であること、及び人事制度のうち65歳までの再雇用制度の部分のみを整備することで済むため、現行の人事制度自体は維持が可能であること等が考えられます。逆に、デメリットとしては、職務や役割の変更に伴うモチベーションの低下や責任感の欠如が、やはり一番の課題です。また、メリットで上げた点と裏腹になりますが、人事制度全体の抜本改革は見送られることになるでしょう。労働者にとっては、やはり有期雇用の不安定感も感じることは避けられないと思われます。
一方、65歳以上への定年制の引き上げを行った場合のメリットは、正社員としての安定雇用が確保され、一般的には職務や役割の急激な変更は少ないことから、高齢労働者の意欲を維持できることがあげられます。デメリットとしては、やはり再雇用制度と比べ人件費の増大が見込まれることです。そのため、賃金体系や水準の見直しを含めた賃金制度や評価制度等、人事制度全体の見直しの必要性が生じてきますが、これを改革のチャンスと見るか、改革コストとみるかで、メリット・デメリットの認識は変わってくることになります。また、正社員としての雇用の安定感は、労働者側のメリットであり、雇用責任が自室的に重くなるという意味では会社側のデメリットともいえます。
ただ、上に掲げたメリット・デメリットはあくまで一般的に考えられる傾向であって、各企業の現況、立場や考え方次第で大きく異なってくるものです。全く問題とならない場合もあるでしょう。要は「わが社にとってどの要因が一番強く影響するのか」を考えて、中長期的な視点に立った雇用確保措置をとることが望まれます。

65歳全員雇用時代における人事制度再設計のポイント

再雇用制度にしろ、定年制の引き上げにしろ、当面の方法論、具体的方策は違うものであったとしても、実質65歳全員雇用時代を迎えて、各企業がとるべき人事制度の大きな方向性は同じであろうと思います。これまでの「高齢者雇用」の位置づけは、どちらかと言えば「法改正対応でやむを得ず」とか「福祉的・恩恵的施策として宛がう」という意識で行われていたことが多かったのではないでしょうか。対象者が少ないうちは大きな問題にはならなかったかもしれませんが、人数が増えてくるとこのような姿勢では、早晩限界が訪れます。やはり経営的視点での積極的活用、高齢者の戦力化を図っていくことが不可欠になってきます。以下、そのための人事制度再設計のポイントを列挙します。

(1)会社方針・施策の再設定

人事戦略の本質が、自社に期待する人材像の明確化と適正配置の意思決定にあるとすれば、まず全社方針や人事施策の再設定を行う必要があります。自社の事業構造を踏まえ、事業分野や職務ごとに必要な人材像を今一度明確にする、現在の人員構成や職種などの現状分析を行い社内のどこでどのような人材が在籍しているかを確認する、あるいは外部労働市場からの人材調達を検討するといった分析を行う必要があります。その上で、事業や職務ごとに「どんな人材が担当することが最も効率よく、高付加価値を生み出すか」を踏まえて、全社的な人材活用の方向性を決定し、その中で高齢者に対する活用方針も決定していくことになります。当然ながら、同じ会社であっても、事業ごと職務ごとに高齢者の具体的な活用度合いは異なりますので、多様な就労形態や処遇形態に対応した複数のコース設定が今後は必要になってきます。

(2)職務開発・組織改革

これに関しても、全体の人事戦略の中で考えていくことが重要で、高齢者のためのだけの職務開発・職務領域拡大や組織改革では、本末転倒でしょう。ただその中で、高齢者特有の課題として挙げるならば、対象人数が増えることで、従来型の周辺業務・補助業務は不足していくことになります。また、職業能力の個人差も年齢を重ねるほど一般的に大きくなってきます。対応できる職務の広がりもマチマチです。(1)と関連しますが、高齢者の職務として一律に考えるのではなく、個人の適性や職務能力、体力等に応じて職務をセットすることが求められるようになります。
また、今後は、高齢者に対して、これまでの経験や培ったスキルを活かした専門職的な職務やその技能伝承という役割を課する場合も多くなってきます。このような専門職や特命事項をこなす社員には、従来からの上意下達型ピラミッド組織はやはり馴染みません。現場の意思決定を活かし、裁量権を拡大した自律型組織への移行が、これまで以上に望まれるようになってきます。

(3)就労における制約条件

これは、高齢者に限ったことではありませんが、冒頭に申しあげた労働力人口減少時代を迎えて、多様な人材を活用していくようになると、個人の就労事情を踏まえた多様な働き方に対応することが必要になってきます。就労時間や勤務地、職種等について就労上の制約条件を持つ人が、正規社員・非正規社員を問わず増えてくるようになります。言い方を変えると「誰でも就労における制約条件を持つ可能性のある時代」を迎えているというわけです。これまでは、就労制限のない社員→正社員、何らかの就労制限のある社員→再雇用社員やパートなどの非正規社員というように、外形的な社員区分により処遇格差をつけてきたわけですが、今後は、そういった社員区分とは別に、制約条件の度合いに応じた、きめ細かな別の処遇軸を定める必要があるでしょう。(ご承知の通り、現在政府レベルで「限定正社員」という考え方が議論されていますが、正社員と非正規社員の中間にある1社員区分としてとらえている限りはまだ不完全であると思われます。)

(4)賃金設計

現在、多くの会社では、程度の差こそあれ、学歴や年齢、勤続年数といった年功的要素や本人の持つ職務能力要素といった「人基準」が、賃金決定の一定割合を占めています。従って、その時々において、業務貢献度に見合う賃金が支払われているわけではなく、定年時において数十年の貢献度の総量と賃金の総量が一致する、つまり雇用期間全体でバランスがとれるような長期決済型賃金になっているわけです。
ここで、従来の60歳雇用終了のスキームが、65歳までの雇用延長に変更となれば、雇用と賃金はいわばセットなので、賃金水準や体系に何らかの調整を加える必要が生じます。理論的には、その時々の業務貢献度に見合う賃金が常に支払われる短期決済型賃金になっていれば、雇用期間の長さに影響を受けないことになりますが、だからといって純粋な職務給という「仕事基準」のみでも、その硬直性、職務移動の難易性から、日本企業には一般的に向きません。これまで一定の合理性があって機能してきた「人基準」要素の否定は、あまりに乱暴で現実的なものではないでしょう。大きな方向性としては、より短期スパンで貢献度と賃金とのバランスが取れる賃金体系に持続的に移行することをめざし、具体的な賃金設計においては、現在の「人基準」の軸に職務や役割の価値という「仕事基準」の軸を新たに組みいれ、この2軸によるハイブリッド型人事制度・賃金制度が一つの解として考えられるものと思います。(次回へ続く)

次回(後編)は、「定年延長・再雇用社員の賃金評価制度の設計ポイント」と題
して、65歳定年制度と再雇用制度のそれぞれの制度における賃金や評価制度の具
体的な設計ポイントについて考えてみます。

参考文献

・清家 篤「雇用再生」
・笹島 芳雄「65歳定年制実現のための人事・賃金制度」
・滝田 誠一郎「65歳定年制に伸びる会社」
・福田 義彦 他「いい会社にするための「高齢者雇用」のすすめ方」
・松永 憲吾「新しい定年後の賃金・処遇制度」

アイさぽーと通信<vol.53>掲載

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