労働基準法改正案の概要

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今回のPOINT

・労働基準法の改正案が今後の国会で審議される予定です。
・改正の方向性は、「働き過ぎ防止(長時間労働抑制・年次有給休暇取得促進)」と「働き方改革(多様で柔軟な働き方の実現)」の2つです。
・この改正案では、労働時間制度(労働基準法第4章「労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇」の部分が大きく見直され、時間外労働や年次有給休暇、フレックスタイム制及び裁量労働制の改正と高度プロフェッショナル制度の新設が主な内容となっています。

労働時間法制と労働基準法改正案の概要

昨年の国会で成立せずに継続審議となった労働基準法改正案は、今後の国会において審議される予定となっています(現時点で具体的な審議時期は未定)。改正法律案の概要はすでに公開されており、これによりますと、今回の改正内容は、大きく「働き過ぎ防止(長時間労働抑制・年次有給休暇取得促進)」と「働き方改革(多様で柔軟な働き方の実現)」の2つの方向に分けることができます。具体的な改正箇所のほとんどは、労働時間制度を定めた労働基準法第4章(「労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇」の章)に集中しており、これまでの考え方やしくみを大きく転換する内容も含まれています。

現行労働基準法に見る労働時間法制は、週40時間・1日8時間の法定労働時間や週1回の法定休日、及び休憩時間や年次有給休暇等を定めた「原則」部分と、1ヶ月単位や1年単位等の変形労働時間制、フレックスタイム制、事業場外みなし労働時間制や裁量労働制、及び管理監督者等の適用除外といった「例外」措置部分から構成されています。上記の2つの方向のうち、原則部分に対しては「働き過ぎ防止(長時間労働抑制・年次有給休暇取得促進)」という観点から、そして例外部分に対しては「働き方改革(多様で柔軟な働き方の実現)」という観点からの改正が用意されております。

長時間労働抑制・年次有給休暇取得促進

1.中小企業における月60時間超の時間外労働に対する割増賃金の見直し

(1)概要

時間外労働における割増賃金率は、平成22年の労働基準法改正により月60時間を超える時間外労働に係る割増賃金率を50%以上とすることが義務付けられております。この際、中小企業についてはこの措置が猶予されておりましたが、今回の改正ではこの猶予措置を廃止することになっております。

(2)影響予測

月の時間外労働60時間超えが恒常化している企業にとっては残業抑制対策が必要と思われますが、それが労働時間の適性把握と生産性向上への企業努力という方向に進まず、法定休日(割増賃金率は35%)との振替による安易な回避行動を助長する懸念があります。そもそも、割増賃金は会社側にとってはペナルティ機能であるとしても、労働者から見れば長時間労働への一定のインセンティブでもあるため、長時間労働防止策としての直接的な効果は薄いのではないでしょうか。

2.著しい長時間労働に対する助言指導を強化するための規定の新設

(1)概要

国が時間外労働に係る助言指導に当たり、「労働者の健康が確保されるよう特に配慮しなければならない」旨を労働基準法の条文上(労働基準法第36条)で明確に規定することになります。これに伴い、時間外協定における特別条項の様式の一部を見直し、「限度時間を超えた場合における健康確保措置」についての記載が新たに義務化されます。

(2)影響予測

割増賃金支払重視から労働者の健康重視の行政指導へという意思は汲み取れますが、半ば儀礼化している時間外協定の様式整備のみでは実効性に疑問があります。今回の改正案では見送られましたが、将来的には、やはり絶対的な労働時間上限規制が必要ではないかと思われます。

3.一定日数の年次有給休暇の確実な取得

(1)概要

年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者を対象に、そのうち5日について、使用者側が時季を指定して「与えなければならない」ことになります。但し、労働者の時季指定により取得した日数(労働者が自由に取得した日数)や計画年休制度により取得された日数については、この5日から差し引くことになっています。

(2)影響予測

年次有給休暇のタイムリーな管理(各人の付与日数と消化日数の把握)がすべての企業で必要となってきます。もともと全員が年5日以上年次有給休暇を取得していれば、何の措置も必要ないことになりますが、年次有給休暇の平均取得率が47.6%、正社員の約16%は年休取得ゼロという実態を考えれば、今後は計画年休制度を活用して取得日数をあらかじめ確保する企業が増えていくものと思われます。

4.企業単位での労働時間等の設定改善に係る労使の取組促進(労働時間等の設定の改善に関する特別措置法の改正)

(1)概要

企業単位での労働時間等の設定改善に係る労使の取組を促進するため、企業単位で設置される「労働時間等設定改善企業委員会」の決議をもって、年次有給休暇の計画的付与や代替休暇及び時間単位年休の労使協定に代えることができることとするものです。

(2)影響予測

この改正によって新たに労働時間等設定改善企業委員会なるものの設置を考える企業はごく少数と思われ、大多数の企業では実務的に直ちに大きな影響を与えるものではないでしょう。

多様で柔軟な働き方の実現

1.フレックスタイム制の見直し

(1)概要

フレックスタイム制の「清算期間」の上限を、現行の1か月から3か月までの期間に延長するものです。但し、3ヶ月での清算とは別に、1ヶ月ごとに1週平均50時間を超えた労働時間については、当該月における割増賃金の支払対象としなければいけません。また、1ヶ月を超えるフレックスの場合は、現行では不要である労使協定の届出が必要となります。

(2)影響予測

広義の変形労働時間制の一種であるフレックスタイム制は、一方で、始業及び終業時刻を労働者の決定に委ねるという労働者裁量部分も併せ持つため、もともと適用できる職種が限られています。会社としても一日単位での時間外労働の把握が困難で、結果的に時間外労働増加の温床となっている場合も多く、採用企業の割合は全体の4.3%にとどまっています。(厚生労働省H27就労条件総合調査結果)
1ヶ月超のフレックスタイム制については、より長期間における柔軟な働き方が可能となる一方で、労働時間の総枠管理が煩雑(1ヶ月と3ヶ月でのダブルチェックとタイムリーな監視が必要となる)になるため、今回の改正による普及拡大は限定的なものになると思われます。

2.企画業務型裁量労働制の見直し

(1)概要

・企画業務型裁量労働制の対象業務に「課題解決型提案営業」と「裁量的にPDCAを回す業務」が追加されます。具体的には以下の2つの業務が想定されています。

[1]法人顧客の事業の運営に関する事項についての企画立案調査分析と一体的に行う商品やサービス内容に係る課題解決型提案営業の業務(具体的には、例えば「取引先企業のニーズを聴取し、社内で新商品開発の企画立案を行い、当該ニーズに応じた課題解決型商品を開発の上、販売する業務」等を想定)

[2]事業の運営に関する事項の実施の管理と、その実施状況の検証結果に基づく事業の運営に関する事項の企画立案調査分析を一体的に行う業務(具体的には、例えば「全社レベルの品質管理の取組計画を企画立案するとともに、当該計画に基づく調達や監査の改善を行い、各工場に展開するとともに、その過程で示された意見等をみて、さらなる改善の取組計画を企画立案する業務」等を想定)

(2)影響予測

特に、上記[1]の課題解決型提案営業については、この定義が額面通り受け取ることができるなら、いわゆるルートセールスや店頭販売を除く、一定割合の営業職が該当することになると思われます。昨今、営業職等における事業場外みなし労働時間制が一層厳格化されていく現状からすると、企業規模にかかわらずこの企画業務型裁量労働制を採用する企業の割合は増えていくと予測されます。(現在、企画業務型裁量労働制の採用率は全体の0.6%)

3.特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)の創設

(1)概要

高度の専門的知識を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められる業務を対象として、その業務に従事する労働者については、労働基準法の原則に定める労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定を適用除外とするものです。

使用者との間の書面等による合意に基づき職務が明確に定められており、かつ一定の年収(少なくとも概ね1000万円以上)を得ていることが条件になっています。また、使用者には、対象労働者に対する健康・福祉確保措置(勤務間インターバル時間の設定、健康管理時間の絶対上限の設定、一定日数の休日の確保の何れかの措置)を講じることが義務付けられています。

(2)実務への影響予測

年収条件や想定する業務内容からみて、対象となる労働者は、当面の間は大企業のごく一部の労働者に限定して適用されることが予測されます。従って、いわゆるエグゼンプション(時間と成果を切り離した働き方)が相応しいと思われる労働者に対して十分に適用されるまでにはまだ至らないと思われますが、将来的な適用拡大に向けた布石としての意義は大きいのではないでしょうか。

今後の動向を注視

改正案の施行時期については、昨年の国会に提出された段階では、全体の施行期日は平成28年4月1日、中小企業における月60時間超の時間外労働に対する割増賃金の猶予措置廃止のみ平成31年4月1日となっておりました。さすがに、全体の施行時期は延期になると思われますが、猶予措置の廃止時期についてはこのまま変更しない可能性が高いようです。いずれにせよ、この施行時期を含め、改正案の内容詳細について今後の国会での法案審議の動向を注意深く見守っていく必要があります。

参考文献

・厚生労働省ホームページ http://www.mhlw.go.jp
・「労働時間・休日・休暇の法律実務」(安西 愈)
・「労働時間管理完全実務ハンドブック」(岩崎 仁弥)
・「労働時間制度改革」(大内 伸哉)
・「第58回労働問題研究会資料」(小塚 真弥)

アイさぽーと通信<vol.60>掲載

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